心の底にいつもヤマトはいた・・ニュース、HP運営、作品コメント、妄想(笑)などヤマトにまつわる個人的な記録・・への挑戦
「宇宙戦艦ヤマト」
本命には、つい及び腰になる。
感性の軸が狂っていそうな時なので、聴くのがこわかった・・

時に、西暦2011年12月2日-----
会場は、最後の発表の時を迎えていた。
小学校生活最後の6年生の発表を・・。
数々の試練を乗り越え、訓練を積み重ね、ようやく、この日を迎えることとなったのだ。
指揮者の腕が動く・・音が鳴り響く・・そう、そうだ・・ヤマト・・!
私たちにはまだヤマトが残っていたのだ・・!

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音楽をじっくりと座って聴くこと自体、久しぶりのことでした。
最後の学年発表(ヤマト)に至る前の、子供たちの素直で元気な歌声や演奏にも、例年には味わったことのない、心ふるえる思いがこみあげて、涙がにじんでしまいました・・それは娘の最後の発表の年のせいか、亡くなった母とこの発表会のことを話した時のことを思い出したからか・・複雑な思いで、子供たちの音楽に耳を傾けていました。

そして、いよいよヤマト!・・これは泣くわ、と思っていたら、意外と、娘はどこでどのように演奏しているかしら、とばかり気になっていたせいか、それほど泣けなかったです(笑)。
でも、じわじわとわき起こる思いに涙がにじんでいました。
・・私の子供時代から遥かに先の今のこの時に、学校の発表会でヤマトが演奏されるなんて・・
そんな思いも強かったですね。

とても力強い演奏でした。
私の中に、再びよみがえる何かを感じました・・。
演奏が終わると、保護者の拍手も、それまでの曲よりも、ひときわ大きかったように思います。
親の私たち世代にとって、「宇宙戦艦ヤマト」は誰でもおそらく知っている曲なのでしょう^^
みなとともに、ヤマトの曲を聴き、一緒に拍手のできた一体感は、うれしいことでした。
後の世代にも、いつまでも語り継がれていったほしいですね。

発表会の曲について、学年ごとのポスターが作られていましたが、ヤマトのところには、宇宙空間の背景に「復活篇」のヤマトのカラーコピーがはってありました^^ 先生が作ってくれたのかしら?・・うれしいですね。少なくとも小学校関係者の中で二人は「復活篇」を見たことがあるのですね^^
宇宙空間には学年の子供たちの小さな顔写真とコメントが貼られているので、ここにUPできないのがとても残念なのですが、本当に、私にとっては、とてもうれしいことでした。
ヤマトファンだから、というのもありますし、またこのところのとりこんでいた状況の中で、現実とは思えない夢のようなひとときを過ごすことができましたから^^

毎年、12月にヤマトとすてきな関係を見いだせて、しあわせです。
この発表会のビデオを、母にも見せたかったですね。
(最近、何かにつけて、すぐ母とむすびつけては思い出してしまいます・・しばらくコメントに現れるかもしれませんが、どうぞご了承くださいね)

その後、車の運転中に、ささきいさおさんの「宇宙戦艦ヤマト」をようやく聴くことができました。
やはり、前に進もうという力と、勇気と希望がわいてくるようです。
言うまでもなく、あとはエンドレスで再生し続けました(ついでに『真っ赤なスカーフ』も^^・・こちらも本当に心に染みましたね・・私の中にヤマトの音楽世界の受け皿がきちんと残っていて、それをきちんと感じることができた、また動きだせた、というような気がしました)。
yamatoG
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