心の底にいつもヤマトはいた・・ニュース、HP運営、作品コメント、妄想(笑)などヤマトにまつわる個人的な記録・・への挑戦
TV新OPに思うところ
以下の文章は、ネット上のとある表現がずっと心に残り、気になりまして・・アーティストの方や楽曲そのものを否定するものではなく、また、「大人の事情」が存在するにしましても、ヤマト作品が本来のイメージと異なる印象を世の中の方々に与えることになっては、とても心苦しい、という思いから、書きましたものです。
あくまでも私なりの個人的な思いと見方によりますので、ひとつの視点として、ご覧いただけましたら、さいわいと思います。

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新OPについて、「自分自身の中における戦いを描いている」ととらえる人がいるようですが、「自信のなさや諦め、というものが自身の自由を奪っている・・それからの解放(自由)を求めての戦い」というようなテーマは、ヤマトの本質的なテーマではないと思います。
自分の中の負の部分との戦いの描写は、最近流行りの視点(アプローチ)と思われますが、オリジナルのヤマト作品においても「旅の中での不安感や戸惑い」という形で表現されていると思うのですが、それは、先の見えない旅の途中や人生における成長過程という、ひとつの側面としての表現であり(私もそういう視点を取り入れつつ、サイトのセリフ集などまとめたり、2199感想でそうした視点に触れることもありましたが)、ヤマトの世界においては、「戦い」「自分の壁を乗り越える」ことも一つの要素になりますが、それだけでは「自分の(自由の)ために戦う」という一個人の問題で終わってしまいます。
ヤマト作品の根底にあるのは「地球や人類を救うために、使命を全うすること」であり、「そのために旅をして、その過程において、先のような要素が盛り込まれているのだ」と、私はとらえています。

ですので、新OPの「戦いに挑む、自信のない自分を乗り越えて」というテーマは、ヤマトの世界の一側面としてはとらえられなくもないですが、それだけを強調しすぎたり、それを「主題歌」として、作品の看板にもってくることに、抵抗感を覚えます。
先の記事であげた「鏡の前で自分を恨んでいた・・」という負の暗い部分や(それを乗り越えていく、という意味にしても)、「戦い」を強調された印象が、「ヤマトの希望と勇気をもって試練に挑む、という前向きの世界観、精神に合わない」と感じるのです。そうしたテーマは、(細かく検証していませんが)ガンダムヱヴァンゲリヲンなどに通じる世界なのではないでしょうか。
そしてまた、とくに2199での人の描写は、オリジナル作品に比べても、悲愴感や心の奥底の負の部分に触れるような掘り下げ方がそんなにされておらず、さらりと群像劇として描かれていると思いますので、なおさら、そうしたテーマが合わないように感じられるのです。
主題歌とは、作品全体を象徴するようなイメージで描かれるべきものと思いますし、現2199作品にそうしたテーマが足らないから付加するために極端に強調されたイメージのOPをおく、というねらいがあるのだとしたら、本末転倒という気がします。ヤマトの世界観や精神が誤解されてしまうのでは、と危惧しております。

まだ、最終話まで2199を見ていませんので、2199という作品をとらえきれていないため、上の内容は、私の推測の部分もあります(『2199はオリジナル作品に比べても、悲愴感や心の奥底の負の部分に触れるような掘り下げ方がそんなにされておらず、さらりと群像劇として描かれている』『ヤマト作品の根底にあるのは、地球や人類を救うために、使命を全うすることであり、そのために旅をして、その過程において、先のような要素が盛り込まれているのだ』などのとらえ方)。
2199作品が、新OPのようなイメージの結末を迎えていくなら、また、このOPの評価も変わってくると思いますが・・さて、どうなのでしょう。
tere1
今回、苦痛ではありましたが、改めて、
新OPの歌詞をすべてメモしました。
ひとつひとつの言葉について、具体的に
私見を述べたいと思いましたが、
そこまで深追いしては、私自身が心身疲弊
してしまいますので、この文章程度に
おさめました。
あとは、見守ることしかできません・・。
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