心の底にいつもヤマトはいた・・ニュース、HP運営、作品コメント、妄想(笑)などヤマトにまつわる個人的な記録・・への挑戦
YSAシリーズ「SOUND FANTASIA SERIES 宇宙戦艦ヤマト」
どうしても聴きたくて、数年前、中古CDとめぐりあえた時に購入し、聴きました。
そして、今回、一昨日にYAMATO SOUND ALMANACシリーズの最後のアルバムとして、聴くこととなりました。

「無限に広がる大宇宙」の中で、遊星爆弾の効果音とともに、あのころの自分が思い起こされます。
音が、すばらしくよい。
パート1と出会ったころの小学高学年から中学生にかけての、あの漠たる、どこかしらもやもやとしたもどかしさを抱えていた年頃の想いがなつかしい・・何ともいえない、胸をくすぐられるような、うずくような想い。
TVシリーズパート1が私の原点である、という表現が必ずしも的確ではないような気がしてきた・・実は、私とヤマト作品とのかかわりようについて、じっくりと見つめて、突き詰めてとらえられていなかったのでは、とも思う(近年の私とヤマトの関わりようはよく考えてきたが)。なぜなら、そこに、どこかしら、あのころの私自身における漠とした(ヤマトに限らぬ)さまざまな思いを見つめることが、今まで懐かしくもあり、とらえどころのないもので見つめたくなかったからかも。
今改めて考えれば、ヤマト作品そのものが私の原点であるのではなく、作品に向き合っていたあのころの私を思い起こさせてくれるから・・つまりは、何とも歯がゆいもどかしい未完成な未熟な(未分化な)私にめぐりあうから、あのころのヤマト作品が私の原点にあたる、と感じていたのだろう。
ヤマト作品は厳然とあのとき存在していたのであり、未分化な私は、めぐりあい、影響を受け、追い求め、ヤマトとともに、私のある側面は成長し、今の私が形成されてきたのだろう。
・・ヤマト作品はみんなのもの。私の中にとりこめるものではない・・
そんなことはわかっていたとは思うけれど、おこがましくも、私の中にあたかもヤマト作品を取り込んで、わが物のように感じることもあった・・でもそれは、私の思いどおりにしたい、というものではなく、ヤマトとともに在りたい、という思いであり、あくまでもヤマトへの熱い想いからくるものである。
・・なんだ・・まるで恋しているかのよう・・
ああ、そういえば・・と、数年前に作成した「宇宙戦艦ヤマトに恋した日々」ブログを思い出した。
現在は、当ブログのひとつのカテゴリに統合してしまいましたが、そうそう・・私は、ヤマトに恋していたのだった。

・・と、あらためて、このアルバムを聴きながら、思いめぐらせることとなった。
音楽と効果音の見事な世界は、私を自由な想像へといざなってくれる・・それは単に作品世界ばかりでなく、私自身の過去と現在を行き来し、私自身をも見つめる世界へも。
さらには、なぜか、先に書いたような想いとともに、妙に鮮明に、劇場で上映を待っていた時の座席から見た光景や、開場前に並んでいた時の人々の様子などの光景も思い起こされた・・もちろん、そのときの、ドキドキした想いもともに(待つ間に耳にしていたBGMが記憶に残っているからでしょう)。
ビデオのない時代・・「一期一会」の思いで、作品にのぞんでいた。
「『そのとき』を大切にしたい」と。
ああ、曲はちょうど「イスカンダル」・・ヤマトにだけ熱中していられたあのころ・・今にして思えば、至福のときだったのだ。

パート1ばかりでなく、「さらば」「永遠に」「III」「完結編」にまで及ぶ音の世界は、人生における新たなステージを迎えつつある私にとって、かつてを思い起こし、今を見つめることができ、身の引き締まる思いがするととともに、温かく包み込んでくれるようでもあった・・いろいろなことを経た今、改めて聴くことができてよかった。
YAMATO SOUND ALMANACシリーズ最後のアルバムとして、すばらしい音質で、ヤマト作品における大きな魅力である音楽と効果音による世界を形にしてくださった製作スタッフの方々には、感謝いたします。
後の時代にまで継がれていかれますように・・
ヤマト
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